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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [15]




「お茶会?」
「生徒会?」
 口々に訝しる周囲を気に留めることもなく、制することもなくしばし口を閉じ、小童谷は静寂を待つ。
「そのうち、正式な招待状が届くとは思う」
「ごめん。ちょっと僕には意味がわからないんだけど」
 本当にわからないという口ぶりの瑠駆真。そんな彼に小童谷は笑う。
「別に大した意味はないよ。ただ、海外での生活を経験した人間として、紅茶談義にでも参加してもらえないかな? と思ってさ」
「紅茶談義? 何、それ? それに海外って言ったって、僕が暮らしていたのはアメリカだよ。紅茶よりもコーヒー、コーラやジュースってカンジだな」
「でも、アメリカでも紅茶は飲むだろ? 主催するのは生徒会の副会長なんだけどさ、彼女、紅茶が大好きでね。海外の情報とか、日本では手に入りにくい茶葉の情報が欲しいらしいんだ」
 ごく自然に説明する。
「タダとは言わない。お礼に貴重な茶葉で()れてくれる。なにより生徒会の役員主催だし、優雅なヒトトキが過ごせると思うぜ」
「うーん、でも悪いけど僕、紅茶って詳しくないんだよね。普段からほとんど飲まないし。招待されても、たぶん役には立たないと思うよ」
 やんわりと言い返す瑠駆真。だが小童谷は、瞳を大きくして返す。
「あれ? でも、お母さんから紅茶の話は聞いてるだろ?」
 ―――――っ!
「え?」
 絶句する瑠駆真。全身に戦慄(せんりつ)が走る。
 様子の変化に美鶴も、そして聡もさすがに気づいている。
「瑠駆真?」
 瑠駆真は答えない。答えないまま、ただ真っ直ぐに小童谷を見つめる。
 お母さん?
 その瞳に宿るのは驚愕。
 だが一方、見つめられる小童谷は、呆けたように首を傾げる。
「どうしたの? 違ってた?」
「どうして?」
 まずそれだけが口から出る。
「何?」
「どうしてそれを、知っている?」
 確かに母は、紅茶に詳しかった。詳しかったと言うよりも、紅茶が好きだった。
 イギリスで紅茶について学んだと聞いたこともある。中東の国々はイスラム圏でお酒がご法度なため、コーヒーやお茶の類は種類も豊富。生前、ミシュアルからいろいろと教えてもらっていたのかもしれない。
 嫌いな母親の話など、まともに聞いたこともなかったが…
 なぜ知っているのかと問われ、素直に答えようとして、だが陽翔は思いとどまった。
 このような態度を示してくるだろうとは予測していた。陽翔が瑠駆真の母親の嗜好についてを口にすれば、誰だってなぜかと疑問に思うだろう。
 だが、瑠駆真のこの驚きよう。尋常ではない。
 これは、使える?
 瞬時に判断し、陽翔は口の中で言葉を変える。
「教えてもいいけど、お茶会に出てくれる?」
「どういう意味だ?」
 瑠駆真の態度が刺々しく変化する。場の雰囲気が、意味もなく険悪さに包まれる。
 なんとなく居心地が悪くて、美鶴は無理やり言葉を吐いた。
「へぇ 瑠駆真のお母さんって、紅茶が好きだったんだ」
「関係ないっ!」
 思わぬ怒声に、軽く身を仰け反る美鶴。呆気に取られて言葉も出ない。その表情に、瑠駆真は己の口を押さえる。
「悪い」
 短く謝り、視線を落とす。
「何?」
 美鶴の問いかけにも、視線を上げることはない。
 逆に逸らし、そのまま小童谷へ向ける。
「悪いけど、そのお茶会ってのには出られないな」
「どうして?」
「僕、紅茶は好きではないんだ」
「ならコーヒーでも」
 慌てて口を開く緩。だがまったくの無意味。
「どちらも同じだよ」
 何が同じなのかよくわからない言葉で緩を制し、瞳は小童谷へ向けたまま。
「何を考えているのかわからないけど、お茶会には出ないよ」
「よくわからないのはこちらも同じだ。何が君を怒らせたのかは、全くもってわからない」
 いや、わからないでもない。予想外の展開だがな。







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